那智の滝水源域の荒廃2006年04月12日 18:56

崩壊する林道
(上記の拡大写真)

 4月9日に那智の滝水源域を視察してきました。地元在住の知人から那智の滝の水源域は危機に瀕してるとの情報があり、確認のため大瀧の上流から水源を尾根の林道まで登り、崩壊する林道の現状を調査してきました。以下はその現状を元にした見解ですが、学術的に間違った見解があるかもしれません。その場合はお気軽にコメントでご指摘下さい。

 南紀熊野の中央部は、牟婁層群(約5200~2100万年前に海底に堆積)と呼ばれる礫岩・砂岩・泥岩からできている第三紀の堆積岩である。さらに東牟婁郡から三重県南部にかけては熊野層群(1600~1500万年前に海底に堆積)がみられる。
 さらに東牟婁郡から三重県南牟婁郡の海岸に近い地域には、約1400万年前に熊野層群の地層を貫いて噴出したと考えられている、熊野酸性火成岩体の火成岩が覆い被さっている。(図1参照)
 那智の大滝は侵食に強い火成岩と侵食に弱い堆積岩の境界にできた滝です。地層図では那智の大滝を境界として、那智の水源域から大雲取山・熊野川の峡谷・三重県の南牟婁の広い範囲にわたり熊野酸性火成岩の地層に分類される。  那智の水源域や大雲取山から白見山への林道建設で露呈した脆弱地層は、熊野酸性火成岩が風化し真砂土化した脆弱地層だそうです。脆弱地層の厚さは多分数m程度と思われるそうです。

 ただ先日の那智水源域の調査で明確になったことは、日本でも有数の多雨地帯の当地において、これら山域の脆い砂岩層が最近まで流出せず保持できたのは、表層の腐葉土を網の目のように緊縛し、地中深くまで根をはる多種多様な照葉樹を中心とした原生林のおかげであった。
 那智の水源域の大部分は戦後の拡大造林で人工林になったが、現在のところ造林が主原因と見られる目立った山腹崩壊は確認できていない。ただし全体として間伐の遅れてる人工林が目立ち、間伐の遅れは大規模な山腹崩壊の危険性を内包していることは南紀熊野の人工林の現状を見れば自明のことである。
 那智の水源域において緊急を要する問題は、昭和50年以降に行われた広範囲な林道建設が要因となる連鎖的な山腹崩壊の危険性である。前述の通り、那智水源域は薄い表土を剥せば泥岩を含む脆い砂岩層であり、林道のあちこちで砂岩層の崩壊が始まっている。  一部では林道としての利用は不可能なほど崩壊しており、崩壊した砂岩層は谷底まで一気に剥がれ落ち、今回調査した水源域の谷での最上部まで砂の堆積が確認された。

 地元の方からは「昔にくらべ大瀧の水量が少なくなっている」との意見はよく聞く。水資源のメカニズムは単純ではないが、戦後の拡大造林で水源域の大部分が原生林から人工林になったこと、人工林の間伐が不十分なため下層植生が育たず腐葉土層が流出したとが平均水量の減少の主原因であると予想される。
 崩壊する林道を放置し、人工林の間伐の遅れも改善されない場合の那智の滝はどうなるのであろうか。下記のような最悪のシナリオは杞憂として一笑できるのだろうか。

1) 数年後から数十年後、放置林道の崩壊をきっかけとして放置人工林の連鎖的な山腹崩壊が頻発する。那智の滝は大雨の度に泥水に染まり、大瀧の滝壷周辺には多量の倒木が散乱し、撤去に多量の費用が必要となる。

2) 山の保水力は激減し大瀧は雨後は怒涛の水量になるが通常は雫水となる。那智川流域の水害も甚大な被害を及ぼす。

3) 那智の大瀧の観光資源としての価値は激減し、観光客も那智大社や青岸渡寺を目的とした参拝客に限られるようになる。

4) 数百年後、那智水源域の砂岩層はなくなり熊野酸性火成岩の地層が剥き出しとなる。その樹木も皆無の奇岩地形が名所となり観光客が戻ってくる。

 なおこの崩壊のシナリオは、荒廃する人工林が大部分を占め安易な林道建設が土砂災害のきっかけとなっている、南紀熊野全体の未来像を暗示している。那智水源域が非常に脆い砂岩層であることが悲観的予測を増大しているだけで、その他の条件は南紀熊野の人工林の殆どが抱える問題である。
 那智水源域が南紀熊野の森林の崩壊の象徴となるのか。それとも私たちの力で那智水源域を守り復活させ、南紀熊野の本来の森の復活の象徴とできるのか。